Stories
【neighborhood物語(後編)】
「ご近所で暮らしたいと思える人」を仲間にしたい。neighborhoodの二人が目指す、地域発の未来づくり

取材・文:神代裕子/写真:前田耕司
東京で、金融資本主義の真ん中に身を置き、20代、30代を走り続けてきた山本遼太郎と堀内壮太。前編では、二人が東京で重ねてきた経験や40代を前に立ち止まることになった理由などを紹介しました。後編では、地方都市・福岡に軸足を置いてneighborhoodとして活動を始めた二人が、九州・福岡で取り組んでいることや、大事にしていきたいことなどについて話を聞きました。(前編はこちら)
4つの分野を柱として、九州から日本を変えていきたい
―neighborhoodとして関わる業種や分野は決めているのですか?

堀内壮太(以下、堀内)最初に決めました。今は、再生エネルギーと農業、ヘルスケア、まちづくりの4つを活動の柱として考えています。
地域社会をハードとソフトで捉えたとき、ハードに関してはインフラからエネルギーまで多岐にわたるため、私たちが取り組む領域は再生エネルギーに決め打ちしました。
山本遼太郎(以下、山本) 地域社会のPL(損益計算書)を俯瞰してみると、エネルギーを外から買っているコストが2割くらいを占めています。その2割を地域で自給できれば、人口が減ってもコストを減らすことで均衡できる。だから、地域で得られる再生エネルギーを生かして外部依存を減らすことで、この2割を実現していくことが大きな効果につながるのではないかと考えました。
堀内 現在は、太陽光や風力、地熱などに関連する会社に関わって、電気を地域内で流通させる方法を推進しているところです。例えば近年、物理的には分散化した再エネなどのエネルギー源をIoT/AI技術で大量に遠隔・集合制御し、あたかも一つの発電所のように機能させるVPP(仮想発電所)技術が、次世代の電力インフラを支えるテクノロジーとして注目されています。そうしたVPPのための事業開発をしているテックスタートアップと一緒に取り組んだりもしています。
―ヘルスケアはどのような考えからですか?

山本 こちらはソフトの部分ですね。やはり地方のほうが高齢化が進んでいます。そうなると、安心安全な暮らしを持続的に続けていくためにヘルスケア事業は不可欠です。医療体制のアップデートは必須なので、大きなテーマとして取り組んでいこうと考えました。ぼくは以前、医療ビジネスをしていたから詳しい分野ですし。
今、病院のベッド数(緩和ケア病棟)は減少傾向にある中、九州は東日本に比べて病院のベッド数が相対的に多く、入院中心の体制が残っているため、在宅医療環境整備が遅れています。そこで、今までになかったカタチとして、介護施設に在宅医療をフルパッケージでつけた緩和ケア施設を、福岡の在宅医療の有志たちと一緒に立ち上げました。この施設を、2030年までに100拠点くらいまで増やそうとしています。他にも医療職のダイレクトリクルーティングの会社に出資・共同創業をしたりもしています。どちらも社長は、ぼくのリクルート時代の同僚かつ友人なんですよ。福岡に移住してからまたお付き合いが始まった方々です。
堀内 農業に関しては、九州ならではの分野ですね。九州では大きな産業ですし、何よりぼくらは食が大好き。今も、九州で知り合った農業に携わっている若者の相談に乗って、一緒に会社を立ち上げたり、経営の相談に乗ったりしています。報酬が採れたての野菜というところもあるんですよ(笑)。
―まちづくりはどんなことをされていますか?
堀内 まちづくりに関しては、意図して取り組んでいるわけではありません。柱にしている分野に取り組んでいくと、自然とその枠に入り切れずに、人と人とのつながりができてくることが多いんです。結果的に人が集まる場みたいなものができて、それがまちづくりにつながっていくという感覚ですね。
山本 主にはこの4分野に集中しているのですが、なかでもAIやテック系の会社には積極的に関わるようにしています。やはり、テクノロジーの進歩が非常に大きいので、それに伴って課題の解決方法も変わっていく。そうした知識をどんどんインプットしていかないと、解決策の前提自体がズレてしまうんですよね。例えば、農業の分野では、牛の首輪にセンサーをつけて、そのデータをAIで解析しながら、牛の生育状況を確認したり死亡事故につながる疾病の兆候などをモニタリングする畜産IoTの会社にも関わっています。また、再生エネルギーではありませんが、インフラの分野として、インフラ整備をエッジAI技術で効率化していく会社にも参画しています。こうした会社に関わることで、自分たちの知識もアップデートしているんです。
経済合理性だけを追求するのではなく、100年続く仕組みを作りたい
―そもそもneighborhoodとして活動するにあたり、二人で決めたことはありましたか?

山本 「誰かのお金を預かって、IRR(内部収益率)やリターンを最優先せざるを得ない状況になりたくはないね」って話し合ったんだよね(笑)。これまで二人とも経済合理性を追ってきたからこそ、これからは長く地域に根ざすほど価値が増す事業に関わりたいと思っています。
その関わり方が出資だったとしても、利益追求を最終的なゴールにはしたくなくて。少し配当は得つつも、売却は想定せずにずっと一緒に取り組んでいける事業に出資したいと思っています。
堀内 もう一つは、人と人とのつながりから生まれる資源や力、つまり「社会関係資本」をつくっていくことに注力したいねと話し合いました。
山本 自分たちで何か事業をするとなると、やはり目の前の社会課題の解決に向けた事業を考えることになり、どうしても “モグラ叩き”になりがちです。でも、社会課題というのは常に変化していて、その背後には 長期的で構造的な変化が一貫して流れているんですよね。例えば、今は高齢化による課題が中心ですが、やがて人口減少やインフラ縮小が課題になって、それに合わせて社会インフラのスクラップ・アンド・ビルドが続きます。だからこそ、こうした長期的な流れを見据え、変化に耐えられる基盤をつくることが重要なんです。
であれば、せっかく今二人とも目線が先へと向いているので、100年くらいの長期スパンを見据えた社会課題を考えて、そのベースとなる自然資本や社会関係資本、文化資本を育んで、100年後にも機能する仕組みを次世代に引き継いでいけるような事業や取り組みに関わっていきたいと考えました。
堀内 実際、ぼくたちが今関わっている事業は、社会課題の解決につながるものが多いです。でもそれは、その事業を成長させることだけが目的ではありません。neighborhoodとしてのつながりやカルチャーを事業を通して育てることで、今後新しい社会課題が生まれても、みんなで解決していける土壌を作りたい。どんな問題が出てきても、仲間と共に手を取り合って解決していける世界を目指しているんです。
―大きな木の根っこを広げているような状態なのですね。
山本 そうですね。ぼくが大事にしているメタファーのような写真があって。中央の川を挟んで左側が人工林、右側が原生林になっています。
人工林は、木材になる木を育てるための整理された区画で、そこは足元が緩くなって地滑りが起こりやすい。一方、原生林は落ち葉が腐葉土になってその上にまた新しい芽が育つという循環があるし、地盤も強い。人工林は最短距離で最大成長を求める資本主義みたいなもので。豊かな重層的なアプローチをしようと思うと、原生林のようなものを目指すほうが、時間がかかったとしても強いのではないかと思っています。
だから、今は自分たちで何か一つの事業に注力するというより、大事にしたい分野を広く捉えて育んでいきたいと思い、事業開発会社や投資会社のような体裁をとっているんです。
堀内 何か1つの事業をすることを否定しているわけではなく、ぼくたちのスタートは種まき、水まきのようなことからでいいのではないかと思っていて。もしかしたら将来的には、ぼくたちも事業会社を運営する局面も出てくるかもしれません。ただ、ぼくたちが主役として進めていかなくていいと思っているので、隣人(= neighborhood)のような立ち位置を大事にしていきたいと思っています。
―様々な人たちや企業と関わって、人と人をつないだり、自分たちのこれまで培ってきたことを伝えたりするほうに力を入れたいということですか?

堀内 はい、そうしたことがぼくたちのしたいことの本質につながっていくのではないかと思っています。ぼくたちは一つひとつの点にはあまり意味がないと考えていて。点が人だとして、「私」自体には意味がなくて、「私」と「あなた」の関係に意味がある。人と人との間に線が複数生まれて、それがつながったり、その線が増えていったりして面になる。そういった「関係創造」にフォーカスしていきたいと思っています。
山本 関係性を広げていくことが、地域社会の中で新しい社会システムの転換点につながるのではないかと思っているんですよね。
近所に住む住人のような立ち位置で、自分たちの町を良くしていく仲間でありたい
―先ほども隣人という言葉が出てきましたが、社名でもあるneighborhoodにはどのような想いが込められているんでしょうか

山本 neighborhoodには「隣人」や「近所」という意味があります。ぼくたちがしたいのは、言うなれば一緒に町内を良くしていくこと。同じ町内でも一緒に食事をする仲の人もいれば、あいさつするだけの人もいますよね。でも、その関係は居心地が悪いものではなくて、みんなでより良いコミュニティーや場所をつくりたいという思いがあれば、すごく良い関係が築けていたりする。そんな“隣人”としての距離感で、コミュニティーや場所を作っていければいいと思っています。
堀内 今、neighborhoodとして様々な人や企業と関わっていますが、ずっと一緒に動いている会社もあれば、時々一緒に食事をするだけの関係性のところもあります。今、密接に関わっているところも、フェーズが変われば関わる頻度も変わるはず。「付き合いが濃いから良い」ではなく、ずっと続きながら濃くなったり薄くなったりしつつ関係性を育てていくことが重要なのではないかと思うようになりました。
山本 それ以上の関係性を求めると短期的なプロジェクトみたいな感じになってしまうので。だからこそ、ある程度地域に密着しながら取り組んでいることに意味があるのではないかと思っています。
「この町に愛着を持つ」みたいな感覚や手触り感を大事にして、より良い関係にしていけたらいいですよね。
価値観が合う“ご近所さん”と手を取り合って歩んでいく
―今はどんな方々と一緒に事業などに取り組んでいるのですか?

堀内 以前からの友人・知人や、彼らから紹介してもらった人たちもいますし、偶然出会った人もいて、実にさまざまです。山本 福岡に移住してから知り合った人も多いですね。話しているうちに意気投合して、事業の立ち上げを手伝ったり、その手伝った人の後輩を紹介されて相談に乗っているうちに取締役を務めることになったり。
―隣町の人を、同じ町内の人に紹介してもらったみたいな話ですね。
堀内 まさにそんな感じですね。何かで知り合ったのをきっかけに少しずつ付き合いを深めていった人もいれば、「きみたちみたいな人が北海道にもいるよ」と紹介されて北海道まで会いに行って、意気投合した結果、出資させてもらい、仲間になって一緒に事業をつくっていくことになった例もあります。
今日話したような抽象的な話もしつつ、それに共感してくれる人たちかどうかというのも大きいですね。
山本 コンセプトはブレないようにしながら、点と点をつないで関係が広がっていくといいなと思っています。他にも一緒に取り組んでいる会社がいろいろあるので、今後ホームページで紹介していきたいですね。
―「この人たちと一緒にする」と決める基準はありますか?

山本 事業としては、掲げている分野かどうかという緩い基準はあるのですが、ベースになっているのは“人”ですね。基準は「こんな人たちが一緒の町内や同じマンションに住んでいたらうれしいな!」と思えるか。ぼくたちは、別に事業を高く売り抜きたいわけではなく、その事業を長く続けてほしいし、その事業が存在し続けることに価値があると信じて一緒に取り組んでいます。だから、事業を進めるだけでなく、一緒に飲みに行くなど、仲良く付き合っていきたいと思えるかは大きいですね。
堀内 ぼくらは、社会関係資本のような“つながり”を大事にしていきたい。社会関係資本って、お金だけではなく思いやりや助け合いを含めたつながりでできていると思うんですよ。そういった部分が増えていくことで、より良い未来がつくられて、何か問題が起きた時に、みんなで知恵を絞って解決する土壌がつくられていたらいいなと思っていて。そうすることで、ぼくらの世代だけではなく、次の世代にも残せる未来ができていくのではないかと考えています。
―最後に、neighborhoodに興味を持った方々へのメッセージをどうぞ。
山本 ぼくたちは、事業を一緒に大きく成長させていくことももちろんできるし、成長させたいとも思っています。ただ、もっと大事にしているのは、その事業がきちんと社会に受け入れられて、長く続けていけること。だから、その価値観に寄り添ってくれる人や、そういう目線で一緒に取り組んでいける方々がいたら、ぜひ何か一緒にできたら嬉しいですね。あとは単純に、そういう友人が増えたら嬉しいです!
堀内 ぼくたちがしているのは仲間づくりだよね。友人や知人の中には、ぼくたちと同じように30代を突っ走ってきて、今「なんかちょっと違うな」という違和感を覚え始めている人や、ある程度達成して「次は何をしようかな」と思っている人たちがいます。そういった人たちと同じ方向を向いて一緒に取り組んでいけたらいいなと思っています。


やまもと・りょうたろう 山本遼太郎
東京都世田谷区/国立市で生まれ育つ。慶応大学卒業後、P&Gマーケティング、リクルートの人材領域/経営企画、SoftBank社長室に従事。その後、訪問看護ソフィアメディ社長就任。社員300名から1,200名までの成長を牽引。関連法人併せ2,000名ほどの医療職採用に携わる。2021年にソフィアメディの社長を退任し、福岡県糸島市に移住。2022年に旧友の堀内壮太と共にneighborhoodを設立。複数の企業や事業の立ち上げや運営に携わりながら、北九州市の官民連携ディレクターも務める。趣味は、体を動かすこととおいしいものを食べること。

ほりうち・そうた 堀内壮太
神奈川県横浜市で、祖父母や両親に囲まれて生まれ育つ。ミシガン大学アナーバー校・政治学専攻、東京大学法学部を卒業後、マッキンゼーに入社。日本やドイツ、インドなどで、グローバル企業の戦略策定、経営改善などのプロジェクトに従事。その後、投資会社のKKRに参画。インテリジェンス、パナソニックヘルスケア、Pioneer DJ、日立工機などの投資/親会社からの独立に関わる。40歳を前に、これまでのビジネス中心の世界とは異なる山を登ることを決意し、KKRを退社。スタートアップ企業のCFOなどを経て、山本遼太郎と共にneighborhoodを設立。携わった企業のCFOの他、北九州市市政変革推進員なども務める。現在は、仏教や東洋哲学にハマっている。